美しくない日本語しかないまである
2026/06/01
荒木建策(放送作家/脚本家)
古来より他者との関係性や
自然を大切にしてきた日本人。
日本語は、その豊かな文化を映しこんだ
美しい言語である。
という堅苦しい前置きで始めた
今回のコラムなのだが、
シンプルに私が嫌っている
ふたつの日本語表現、
「美しくない日本語」について書いていく。
まずは、
「~しかない」という表現。
本来は「財布に100円しかない」などと
使うのが正しいのであるが、
2010年かそこらから
スポーツ選手を中心に
「監督には感謝しかない」などという風に
用いられることが多くなった。
「感謝以外にもあるだろ」と
思う訳ではないのだが、
なぜか気持ち悪いと感じてしまう感覚。
同様の感じ方をする人が
どのくらいいるのかは、
友人や知人に聞いて回った訳ではないので
不明なのであるが、
当たり前に使われているところをみると、
違和感を抱く人は
さほど多くはないのかも知れない。
そして、二つ目は
「~まである」という言い方。
本来は「この建物は100年先まである」とか
そういう使い方が正しい表現だが、
最近では「単に○○というだけでなく、
さらに上の~という可能性がある」
という意味を持つようになった。
食べ物を例に取ると、
「このラーメン、スープでご飯3杯いけるまである」
「今日のパスタ、お店の味を超えてるまである」
「このカレー、飲み物まである」
美しくないどころか気色悪い…まである。
実は、この「~まである」は、
辞書の三省堂が選ぶ「今年の新語 2020」の
8位に選ばれていて、
「今後辞書に載る可能性がある語」
とのことだった。
6年経った今でも、
載りはしていないのだが、
さらに周知されていったとしたら…。
私にできるのは、
今後も載らないのを願うこと…しかないのだが、
これを読んだ皆様に
少しでも共感していただけたら、
美しい日本語が破壊されるのを
ちょっとだけ遅らせることができるかも知れない。
自称・日本語警察
(〇〇警察は「今年の新語 2020」第2位)の
私がエゴをぶちまけただけの今回。
主観的すぎて、
ビュー数が一桁しかないまである。
古来より他者との関係性や
自然を大切にしてきた日本人。
日本語は、その豊かな文化を映しこんだ
美しい言語である。
という堅苦しい前置きで始めた
今回のコラムなのだが、
シンプルに私が嫌っている
ふたつの日本語表現、
「美しくない日本語」について書いていく。
まずは、
「~しかない」という表現。
本来は「財布に100円しかない」などと
使うのが正しいのであるが、
2010年かそこらから
スポーツ選手を中心に
「監督には感謝しかない」などという風に
用いられることが多くなった。
「感謝以外にもあるだろ」と
思う訳ではないのだが、
なぜか気持ち悪いと感じてしまう感覚。
同様の感じ方をする人が
どのくらいいるのかは、
友人や知人に聞いて回った訳ではないので
不明なのであるが、
当たり前に使われているところをみると、
違和感を抱く人は
さほど多くはないのかも知れない。
そして、二つ目は
「~まである」という言い方。
本来は「この建物は100年先まである」とか
そういう使い方が正しい表現だが、
最近では「単に○○というだけでなく、
さらに上の~という可能性がある」
という意味を持つようになった。
食べ物を例に取ると、
「このラーメン、スープでご飯3杯いけるまである」
「今日のパスタ、お店の味を超えてるまである」
「このカレー、飲み物まである」
美しくないどころか気色悪い…まである。
実は、この「~まである」は、
辞書の三省堂が選ぶ「今年の新語 2020」の
8位に選ばれていて、
「今後辞書に載る可能性がある語」
とのことだった。
6年経った今でも、
載りはしていないのだが、
さらに周知されていったとしたら…。
私にできるのは、
今後も載らないのを願うこと…しかないのだが、
これを読んだ皆様に
少しでも共感していただけたら、
美しい日本語が破壊されるのを
ちょっとだけ遅らせることができるかも知れない。
自称・日本語警察
(〇〇警察は「今年の新語 2020」第2位)の
私がエゴをぶちまけただけの今回。
主観的すぎて、
ビュー数が一桁しかないまである。