同字異アクセント異義語
2026/06/08
荒木建策(放送作家/脚本家)
例えば「数字の数え方」
10まで数えるとき、日本語では
「いち、に、さん、し、ご、ろく、
しち(なな)、はち、きゅう、じゅう」
と、数える。
しかし、カウントダウンするときは、
「じゅう、きゅう、はち、なな…」
必ず「なな」であって「しち」ではない。
これが外国人にとって、
日本語を学ぶことのハードルを上げる
要因のひとつになっているらしい。
数に関して言うと「量詞」は最たるもの。
例えば「匹」
一匹(ぴき)、二匹(ひき)、三匹(びき)…
数によって量詞の読み方が変わる。
さらに、この量詞が
500種類以上あるというのだから、
外国人が挫折するのも頷ける。
もちろん、それでも頑張って
日本語を習得しようという外国人も
たくさんいるのだが、
困るのは日本語にまつわるルールについて
我々日本人が説明を求められたときだ。
「匹」の件について、
正確に説明できる日本人が
どれくらいいるだろう。
さて、ここまでは前置きである。
最近、自分の中で日本語にまつわる
ある発見があった。
まずは、この文章を読んで欲しい。
「同期が面倒くさい」
さて、同期をどちらの意味に取っただろうか?
「同じ年に入社した同僚」もしくは、
「パソコンとスマホなど複数の端末で、
データを同じ状態にすること」、
「同期」をどちらの意味で取るかで
文章の意味が変わってくる。
ところが、文章を声に出すと、
意味はひとつに絞られるのである。
同期を「ど(高)う(低)き(低)」
で発音すると前者の意味。
「ど(低)う(低)き(高)」
で発音すると後者の意味になるのである。
本来、アクセントは同音異義語を
区別するために用いるものなので当然だが
特殊なのは漢字が全く同じという点。
つまりは「同期」は
アクセントによって意味が変わる
いわば、
「同字異アクセント異義語」なのである。
私が思いつく限り、
同じ法則を持つ単語がないため、
かなり特殊なパターンのはず。
もしかしたら、
語学的に結構な発見かも知れない。
追って調べてみる必要があるが、
もし、同じ法則を持つ熟語があったら、
是非、教えていただきたく存じます。
例えば「数字の数え方」
10まで数えるとき、日本語では
「いち、に、さん、し、ご、ろく、
しち(なな)、はち、きゅう、じゅう」
と、数える。
しかし、カウントダウンするときは、
「じゅう、きゅう、はち、なな…」
必ず「なな」であって「しち」ではない。
これが外国人にとって、
日本語を学ぶことのハードルを上げる
要因のひとつになっているらしい。
数に関して言うと「量詞」は最たるもの。
例えば「匹」
一匹(ぴき)、二匹(ひき)、三匹(びき)…
数によって量詞の読み方が変わる。
さらに、この量詞が
500種類以上あるというのだから、
外国人が挫折するのも頷ける。
もちろん、それでも頑張って
日本語を習得しようという外国人も
たくさんいるのだが、
困るのは日本語にまつわるルールについて
我々日本人が説明を求められたときだ。
「匹」の件について、
正確に説明できる日本人が
どれくらいいるだろう。
さて、ここまでは前置きである。
最近、自分の中で日本語にまつわる
ある発見があった。
まずは、この文章を読んで欲しい。
「同期が面倒くさい」
さて、同期をどちらの意味に取っただろうか?
「同じ年に入社した同僚」もしくは、
「パソコンとスマホなど複数の端末で、
データを同じ状態にすること」、
「同期」をどちらの意味で取るかで
文章の意味が変わってくる。
ところが、文章を声に出すと、
意味はひとつに絞られるのである。
同期を「ど(高)う(低)き(低)」
で発音すると前者の意味。
「ど(低)う(低)き(高)」
で発音すると後者の意味になるのである。
本来、アクセントは同音異義語を
区別するために用いるものなので当然だが
特殊なのは漢字が全く同じという点。
つまりは「同期」は
アクセントによって意味が変わる
いわば、
「同字異アクセント異義語」なのである。
私が思いつく限り、
同じ法則を持つ単語がないため、
かなり特殊なパターンのはず。
もしかしたら、
語学的に結構な発見かも知れない。
追って調べてみる必要があるが、
もし、同じ法則を持つ熟語があったら、
是非、教えていただきたく存じます。