はじめの一歩

2021/05/12

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

立ち入りにくい所でも少しの勇気と勢いに任せれば一歩踏み出せる。
これは人生の様々な局面でも同じことが言え、
あのとき挑戦せずに後悔した経験を生かし、次こそはと自分の気持ちに応えねばならない。
羞恥心、恐怖、コロナ経験して初めて得られるもの。
そう思い、勇気を振り絞って、東京の真ん中にある歓楽街、
その一画にある雑居ビルのドアを開けた。
これが餓えた男女が集う場所の臭いか。まるで獣のようだ。
入り口で死神のような顔をしたスタッフから入店時に一通りの説明を受ける。
決して大きな声を出してはいけない。
独り占めしてはならないなど、いくつかのルールがあった。ここは戦場にも似ている。
パンチをもらうことなんか日常茶飯事、油断したら首をかかれることもめずらしくない。
正直、ルールを守る自信はない。
マナーは守るが、下界の空気を持ち込まないように手を入念に洗い、いよいよドアを開ける。
中に一歩入ったら、ギブアップするまで最低1時間は外に出られないか。
緊張が高まり、胸の鼓動が速くなる。
それでも気持ちは変わらない。
ガチャ、ついに未知のドアが開けられた。
その瞬間、血の臭いを察知した獣が俺の足元にやってくる。
「ニャー!」ずっと前から猫カフェに行ってみたかったんだ、俺。
広い空間に猫が何十匹もいて戯れることができる。
まるで天使のような笑顔の猫好きスタッフさんから近くにいる猫の名前をすべて訊き、
置いてあった猫じゃらしを手に取ってそれを振りながら大きな声で呼んでみる。
客層も様々だ。
カップル、引きこもりみたいな娘、ホスト風の男、
そして、ポニーテールのおじさんと、人数も性別も年齢もバラバラ。
これはもう異空間である。
しかし、同じ趣味を持ち、同じ時間をまったく別の人間と触れ合うのも悪くない。
ただ、単純に猫と戯れるのもいいが、誰しもどこかで人と繋がっていたいのではないか。
入店する前に思い描いていたこの気持ちを肌で体感してみたかったというのが理由のひとつ。
よし、コロナ禍の中でやりたいこと、そのリストのうち、ひとつは達成した。
次はどれをクリアしようかな。
そう思い「にんげんっていいな」を歌いながら帰った。