先輩風を吹かせ損ねた話

2018/04/16

「俺が出す」「いや、俺が出す」「いやいや、ここは俺が」。
幼き日、周囲の大人たちが自分で払いたがる理由がどうしてもわからず、
ミルクをかけたイチゴなんぞを頬張りながら、そのやり取りをアホ面で眺めていた私だが、
あの頃の大人に近い年齢となり、なるほどようやく理解した。
そうか、おごる方が楽なんだ…。
なので、1万円札を黙って差し出した。
年下2人と軽く食べて軽く飲み、お会計の際にその内の1人に「これで払ってきて」と1万円札を手渡すと、
彼は怪訝そうな顔をしたままうつむいた。
年下とはいえ、彼も三十代。「割り勘でいいのに…」くらいに思っているのかもしれない。
だが、いいじゃないか。素直におごられるのも年下の努め。
「いいから払ってこいって」今度はやや強めの口調で伝えると、
彼は申し訳なさそうに「あの…2千円足りないです…」とつぶやいた。


荒木建策