春ですね

2020/03/30

くだんのウイルスによる雑務やら行動の制限によって潤いを奪われ、心がかさついている。
時期外れの痩せた秋刀魚のように、すっかりパサパサの私のもとに、週末、一通のメールが届いた。
「春ですね」。
その件名を見て私はハッとした。甘酸っぱいのにどこか切ない。
柔らかい風に吹かれながら森田童子の『ぼくたちの失敗』を聴いていると奥歯の辺りがキュッとなる。
そう、春なのである。
このところ何もかもが空回りしていた。
花粉症と鼻血、2つ同時にやってきて思うように鼻をかめないし、
昨年買った自転車がようやく組み上がったというのに外出規制で乗れないし…。
精神的にも、肉体的にも、引っこ抜いたカチカチのサドルをそっと尻にあて、
部屋の中でサイクリング気分を味わうのが精一杯だった。
傍からしたら完全に危ない人。
自分でもそう思いながら、部屋の中を周回していた私を救ってくれたのは、
たった4文字の何でもないメールの件名だった。
普段、気にも留めずに空欄か、あるいは「Re:」のまま送信している件名が、
心のドアを優しくノックしてくれたのである。
しかし、「春ですね」などと、乙なメールをよこしてきたのは誰だろう。
友人か、先輩か、それとも昔の彼女か…。
そっと本文を開くと「Hな人妻いつでもスタンバイオッケー!!」と書いてあった。


荒木建策