兎の刑

2022/08/08

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

知人が夏休みで家族旅行に出かけるということで、
ペットを預かることになった。
ウサギを。

これまで犬猫と生活したことはあったがウサギは初。
飼い主によると、私の役目は
餌や水が切れたら補充することとトイレの始末ぐらいで、
あとは全裸でラップをしようが出かけようが
大丈夫とのこと。

しかし、いざ一緒に生活するとなると不安で仕方ない。
飼い主にとって、ペットは家族同然。
引き受けた身として最低限の知識を入れようと、
「ウサギ」と検索したところ
「寂しい 死ぬ」といった予測ワードがあった。
ペットを預かる上で一番怖いのは、
預かっている間にトラブルが起こることだ。
その最大の不幸が死であり、もしものことがあれば
飼い主にどうやって詫びたらいいかわからない。
漫画だったら、そっくりなウサギを探す流れだが、
現実では一ミリも笑えない。

寂しさが死を招くのはおそらく迷信だろうが、
リスクを少しでも減らすのが荒木スタイル。
こうして、ベッドはあるのに床に布団を敷き、
常にウサギを見守りながら過ごす生活が始まった。
家を離れた少しの時間にウサギに何かが起き、
帰ったら帰らぬウサギになっていたらどうしよう。
そう思うとコンビニにも行けず、ごはんは出前。
そんな日々が続いた。

二日目には、カゴの中に閉じこめていると、
ストレスが溜まるだろうからと、
寝るとき以外はカゴから出すことにした。
三日目。
触ろうとすると逃げるのは可愛げがない部分だが、
歩くとあとをついてくるようになった。
四日目。
最初は掌に置いても食べなかった餌も、
慣れてきたのか手から直接食べるようになった。
近くに座るようになった。

五日目。
丸4日間、ほとんど自分の視界にいたウサギも、
ついに飼い主の元に帰る日。
これでようやく兎の呪縛から解放される。
カゴに入れて、飼い主に渡すと当たり前だと
言わんばかりの顔で連れられて行かれた。
これが犬なら、悲しい鳴き声を出して涙を誘うが、
ウサギにはそれができない。

部屋に戻ると、当然そこにあったカゴはない。
いつもの生活に戻ろうと布団を畳む。
下に小さくて丸い糞が二個あった。
寂しくて死ぬのは人間のほうかも知れない。