いまさら帽子ユーザー

2025/12/01

荒木建策(放送作家/脚本家)

小学生の頃だったか、
それより幼い頃だったか、
工事現場で作業している人は
地球に穴を開ける宇宙人の仲間だと
教えてくれた友達がいた。
友達の話が確かなら
やたらと目の届く場所に
宇宙人たちが溢れていることになる。

そんな感じで、
誰しも幼き日の勘違いエピソードを
ひとつやふたつ持っており、
私は小学校低学年の頃、
帽子をかぶっている人は全員ハゲだと思っていて、
帽子はそれを隠す道具、
もしくは暗に伝える手段だと思い込んでいた。
街中でハゲている人を見かけると、
なぜあの人は帽子をかぶっていないんだろうと、
違った角度からも眺めていた。
しばらくして間違いに気づいたわけだが、
もしかしたら私と同じ解釈の人がいるのではないか、
そう思うとなかなか帽子をかぶることができず、
学校の赤白帽も嫌悪していた。
しかしである。
私は、ここ数ヶ月で人が変わったように
帽子を着用するようになったのである。

例えば最近では、
ドジャースの帽子を2つ買った。
チームカラーの青ではなく、
ベージュとグレー。
形やデザインは全く同じものなのに、
必要性に駆られて購入したのである。

帽子好きの後輩に言わせると、
帽子をかぶるのは、
寝ぐせがひどいときや髪のセットが面倒なとき、
もしくは服に合わせるときなど、
ファッション性を重視してのことらしい。

だが、
私が帽子を常用するようになった
訳は少し違うのである。

そう、ハゲてきたのだ。

ここ2年くらい長髪にしていたのが祟ったのか、
というより、完全に祟って、
後ろで束ねることによる抜け毛、
いわゆる、
牽引性脱毛による薄毛が顕著になってきた。
(牽引性脱毛とは、
後ろで結ぶことにより髪が引っ張られることで、
頭皮や毛根に物理的な負荷がかかり、
髪が抜ける症状のこと)

最近、一年前の写真と見比べてみたら、
自分でも笑うほどハゲていて、
それをできるだけ世間の目から守ろうと
帽子に委ねたというわけである。

帽子ユーザー。
たぶん、少なくとも世の中の2割くらいは
言葉に出せない複雑な事情があって、
手放せないアイテムになっているのだろう。
今になってようやく帽子の大切さ、
重要さがわかってきたわけというお話。