スルーされた罠

2019/07/08

コーヒーといえばクリープ、相撲といえば押し出し、焼き肉といえばカルビなのに、
そのカルビがないとはどういうことか。
「申し訳ありません。本日カルビが終わってしまいまして」。
生ビールが運ばれてきた後だった。
さ、メインたる肉を頼もうと「カルビ」の「カル」まで言ったところで、
控えめどころかむしろ食い気味に、オーダーを取りにきた豆もやしみたいな店員が件のセリフを吐いたのである。
口では謝っているものの、申し訳なさそうな表情などひとつもしていない。
じゃ、何があるんです?オススメは?「アバラです」。
知らねー!物心ついてからこっち、ほとんどカルビとタン塩だけで焼き肉を謳歌してきたのだ。
アバラって?アバラって何?
もういい。キムチと、そのアバラと、カルビクッパをお願いしますと伝えてメニューを閉じたわけだが、
カルビがないことを知りながらカルビクッパを頼んだ理由、
それは豆もやしの「申し訳ありません」がうっとりするほど美しい響きだったからである。
滑舌の悪い私には到底不可能な「申し訳ありません」。
もう一度だけ聞きたかったが故の罠。
流れるような「申し訳ありません」を奴にもう一度言わせたかったのだが、
10分後、カルビの入ったクッパが何事もなく運ばれてきた。


荒木建策