「最終電車、右から出るか?左から出るか?」

2019/09/02

皆さんは、電車から降りるとき、どちらの足から社外に出るだろう。
右足だろうか。左足だろうか。

その男性は右でも左でもなく、足ですらなく、口だった。
金曜日の夜。終電間際の急行列車。
扉が閉まる寸前に倒れ込むように乗り込んできたのは、
ヨレたスーツに赤い顔、酔っ払いの見本のような男性だった。
列車が静かに走り出す。足先に力を入れずとも立っていられる程度の揺れなのに、
そのおじさんだけ前後にガックンガックン揺れている。
と、ひとつ目の駅を通過した辺りでおもむろにネクタイを緩め、大袈裟なほどの深呼吸を始める。
停車駅まであと5分。この調子では、まず間違いなくもたないだろうと、
離れた場所に避難して遠巻きに眺めていたのだが、おじさんは耐えた。
途中、何度か危ない場面はあったものの、3駅5分、最初の停車駅まで耐え抜いたのである。
そして、駅に到着しドアが開いた瞬間、まるで意志を持っているかのような動きで、
口が先に下車して盛大にホームにぶちまけた。
大惨事を回避した彼に心の中で喝采を贈りながら、私はもらいゲロ必死に我慢していた。


荒木建策