狂うほどの好き

2019/11/18

その男はパチスロが好きだった。
「レバーを叩く、あの感触が堪らない」。
常人には理解のできぬ、その堪らない感触とやらを楽しみ続けるために、
会社を辞め、家族を捨て、設定などお構いなしにただ闇雲に打ち続けた。
負けて勝って負けて負けてを繰り返せば、当然のことながら生活は立ち行かなくなるわけで、
クレジットカード、サラ金、親類、友人、あらゆる所から金を引っ張り出し、それも全て突っ込み自己破産。
ほとぼりが冷めた頃、またもパチスロと向き合う生活を始め、
闇金に手を出した挙句、忽然と姿を消してしまった。バカだと思う。
大勢の人間に迷惑を掛け、不義理を重ねた救いようのないバカだが、
そのバカさ加減が私は少しだけ羨ましくもあった。
健全の域にはとても収まり切らず、常識や理性を飛び越え、
狂ったり、乱れたり、暴れたり、吐いたり、殴ったり、裏切ったりしてしまうほど好きなものなど、
そう簡単に巡り合えるものではない。
奴を真似ようとは思わないし、できそうもない。
だが、そのできそうもない人間を狂わすのが「好き」という感情なのだ。
もしかしたら、自らを狂わすものにもう触れているのかもしれない。
気付いていないだけなのかもしれないが、
触れて気付いて狂うのは、この原稿を送ってからにしようと思う。


荒木建策