お疲れす

2019/11/25

ラーメン屋のオヤジが、食い切れるもんなら食ってみろと言わんばかりに、
超大盛りのラーメンをテーブルに置いたときに店内に響き渡る「ドーン」もかなりのものだが、
今、それを上回るボリュームの書き仕事がドーンとたまっている。
寝ずに6時まで書いて6時5分には家を出るという、ハードボイルドを地で行くスケジュール。意識は朦朧。
昨日のことすらよく覚えていないが、後輩作家I君のあの「お疲れす」は何だったのか。
彼は会議室を出るときから悩み続け、仕事を終えた後もまだ頭を抱えていた。
新橋から渋谷に向かう電車に乗り、とりとめもない話で盛り上がっていたから、
てっきり一緒に帰るのかと思いきや、女性の生足を見て2度3度うなずいた後、
新宿で突如「お疲れす!」とだけ言って、電車を降りていったのである。
「お疲れ」は別れ際の普通の挨拶だ。
お疲れと残して電車を降りることに対してはどうとも思わないが、
それまでの会話のテンションを200円だとすると、「お疲れす!」は7000円。
必要以上にアクセルを踏み込んだ感じが否めなかった。
彼はあの後どこへ行き、何をしたのか…。
気になるところではあるが、今は他人の詮索よりも、ドーンとある仕事を片づけねばならない。
試しに鏡の中の自分に声をかけてみたら、80円ぐらいの「お疲れ」が返ってきた。


荒木建策