600ペリカ

2019/12/16

財布を忘れて家を出た。
幸いコインケースが鞄にあったので、
なんとかなるだろうと、駅前であらめためてみると100円玉と500円玉がそれぞれ1枚ずつ。
電車代含め、これでやりくりしなければならないのだと気付いた瞬間、私にはそれが600ペリカに見えた。
シャバへと戻るに必要なペリカは1万。
よし、最短でここを抜けだしてやると、初給料の600ペリカを握り締めていると、
向こうから大槻班長がやってくる。
「ご苦労さん。初給料とあっちゃ、パーッといかないとね。
キンキンに冷えたコーラなんてどうだい?今ならたったの160ペリカだ」コーラから必死に視線を逸らす。
「わかってる。早いとこ1万貯めて、シャバに戻ろうってんだろう。
だけど荒木くん、よく考えてみなさい。毎月の給料は600ペリカ。
1万ペリカ貯めるには、1年と7ヶ月かかるわけだ」
大槻のねっとりした声が顔のあたりにまとわりつく。
「荒木くんが1年7ヶ月、我慢して貯め続けたとしよう。
すると手元にあるのは1万と200ペリカ…。
ここでコーラを1本だけ楽しんだとしても、1万ペリカには届いているんだ。
最短でシャバに戻れるんだよ。さあ、どうだい。
自分へのご褒美として、この冷えたコーラをキュッといってみては」
大槻の言っていることはわかる。
確かにわかるが、ここでコーラに口をつけてしまったら、理性のたがが吹っ飛ぶこともわかっている。
飲むか、飲まぬか、飲まぬか、飲むか…。
誘惑には勝てず、コーラを飲み、帰りは2時間かけて歩いて帰った。



荒木建策