タケノコの庭

2020/05/11

先日、アパートの小庭で数本のタケノコが顔を出した。
小さい内はいい。
赤ん坊と一緒で、見る者の頰を緩ませてくれるが、彼らがいっせーのーせで大きくなり、
金属バットを振り回すようになったら、もうお手上げ。
放っておいたら窓は覆われ、家は歪み、壁一面にスプレー缶で「たけのこ参上!」と書かれることはないにしても、
生活に支障を来すということで管理の方が抜きにきた。
タイトなTシャツを着た品のよさそうな女性。
「ご苦労さまです」そう言ってお茶を手渡したところから、彼女のマシンガントークが始まった。
「このタケノコお食べなさいよ。知ってる?駅前のスーパー。
 あそこで昨日、タケノコいくらだったか知ってる?2本で780円。700円じゃ買えないの。
 もったいないからお食べなさいよ」
タケノコを受け取り、部屋に戻った2分後にチャイムが鳴った。
「お仕事中?ごめんなさいね。あのね、タケノコは皮をむくでしょ。そうしたら、米のとぎ汁に浸けておくの。
 分かった?ううん、いいの、お礼なんて」
話を聞くのは嫌いじゃない。嫌いじゃないが、困ったことがひとつ。
体を動かし、たっぷり汗をかいたのだろう。
Tシャツが汗で濡れ、ボディが透けているのである。
目ヤニだの鼻毛だのなら私だって黙っている。
黙って心の内にしまえば誰も傷つかなくて済む。
しかし、そのままの状態で日の差さぬ裏道でも歩いている最中に何かあったら、
傷つかないどころか取り返しがつかない。
ここは心を鬼にして事実を伝えようと心に決めたものの、
頭が割れるほど悩んでいる内に、彼女はまたタケノコを抜きにいってしまった。
物書きたるもの、シチュエーションに応じた言葉を瞬時に選べずにどうするとは思うものの、
こればかりはいくら考えても分からない。
「ボディが透けてますよ」なのか、「O首がくっきりですよ」なのか…。
私は思う。今、私は物書きとしての資質が問われているように思う。
あっ、またチャイムが鳴った。おそらくはマシンガンの続きだろう。
では、日本語で飯を食う者としての矜持を胸に、事実を伝えにいってきます。


荒木建策