荒モード

2020/07/20

執筆/荒木建策・放送作家

その時、私は迷っていた。
四十にして惑わすなどと言うが、四十路を前にした私は、
迷わずにはいられぬ状況に陥っていた。
私を惑わす憎き敵とはプリン・ア・ラ・モードである。
プリン・ア・ラ・モードの「ア・ラ・モード」とは洗練を意味する。
プリンの周囲にバニラアイス、ホイップクリーム、チェリー、パイン、
メロンが美しくトッピングされた様はまさに洗練。
ならばこちらもそれなりの覚悟で食さねばならぬと、スプーンを手に取ったが、
その手がどうしても動かない。いや、動かせないのである。
ひと口目に主役であるプリンは選択肢としてあり得ない。
まずは前座に活躍の場を与えるのはア・ラ・モードもプロレスも同じことである。
具材を格付けするならば、プリンは猪木、メロンは藤浪、
チェリーは長州、パインは木村でアイスは坂口。
となると、ホイップか。
しかし、包み込むような甘さを持つホイップクリームを先に放り込んでしまうと、他の具材を殺しかねない。
中でもパインは致命的。
決め技の説得力に欠ける木村以上にしょっぱい感じになるのは目に見えている。
パインを見殺しにしてのホイップか。
勝ち負けを優先、ルールを無視してパインからいくか。
ホイップか、パインか、パインか、ホイップか。
スプーンを構えたまま固まっている内、徐々にアイスが溶け出す。急がねば。
誰かに助けを求めるかのように周囲を見渡すと、後輩の頼んだクレープが目に入った。
プリン・ア・ラ・モードよりも遥かに具材が多く、ゴージャスに仕上がったその一品、
果たして彼は何を最初に口に放り込むのか考えつつ、私はこう言った。
「交換して」
ガラスの十代を通り過ぎた大人の四十前。
そのあたりの選択に、当然迷いはないのである。
「嫌です」と言われようとも。