模糊道

2022/05/02

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

曖昧な記憶は時に人を傷つける。

私も局内でお会いしたスタッフさんに
「あの番組のADやってたんですけど...
覚えてます?」などと問われることがあるが、
記憶がすっ飛んでいるときもある。

石原さとみに似ている女子や
頭に槍が刺さっている爺さんなら
忘れることはないのだが、
皆さん、だいたいは良い意味で普通。
当然、忘れることもあるわけで、
そこから先はネゴシエーターのような
トーク術でヒントを引き出す。
それをもとに「覚えてますよ!あの時の!」
と言えれば私の勝ち。

ズルいのはわかっているのだが、
これは相手を傷付けたくない一心からだと
思っていただければ幸い。
このとき、見切り発車で間違った情報、
たとえば、差し入れでooをくれましたよね、
などと言うのは危険。
せっかく頂いたものを間違うのは大変失礼で、
相手を困らせてしまう可能性すらあるからだ。
それならば、
覚えていないと白状する方がまだマシ。
ネゴシエーションにはコツがいるのだ。

さて、先日こんなことがあった。
とある番組の収録で会ったプロデューサーに
「直接お会いするの初めてですよね?」
と言われた。

たしかに、
ここ2年くらいはリモート会議でしか
顔を合わせていなかったが、
結論から言わせてもらうと、
10回以上は対面で会っている。
つまり忘れられているのだ。

こういうとき気を遣うのは哀しいかなこっち。
いやいや、会ってますよと返せば
向こうが申し訳ない気持ちになるだろうから、
こちらが一歩引いて初対面を演じるしかなく、
二度目の名刺交換をしどろもどろで
行うこととなった。

他の人に同じ思いをさせぬよう、
今後、人の顔、名前は絶対に覚えると決めた。
曖昧な記憶で人を傷つけないために。

余談ではあるが、
相手の名前を忘れてしまったときの対処法。
「名前なんだっけ?」と聞くと
大抵、苗字を答えるので
「それは知ってるよ。下の名前」
と返すと相手を傷付けずに済むらしい。
最初からフルネームを答えられた場合は...
なんとかしてください。