きき

2022/05/23

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

私は目を閉じたまま、
笑みを浮かべて答えた。
「間違いない。左からB、C、A」

人は、かなりの情報を視覚から得ている。
特に口に入れるものに関してはそうで、
青く染まったカレーに食欲はわかないし、
コーヒーと言われて出された飲み物が
真っ赤だったら、もはや毒物認定である。
我々にとって視覚は重要で、
そこでの認識が味を作るといってもいい。
では、それを絶たれたらどうなるだろう。

少し前の話であるが、
ある居酒屋で地酒の飲み比べセットを
愉んでいた友人が言った。
「目を瞑ったまま、この3種類、
どれがどれか当てられるか?」
同じ埼玉の酒だが甘みが違うらしい。
私はこの手の企画に目がなく、
唐突に利き酒が始まった。

まずは、目を開けた状態でAを試飲。
かなり甘みが強くクセのある味。
これは当てられそうだ。

Bを飲んだ瞬間にそれは確信に変わる。
明らかにAよりBの方が辛い。
こんなに簡単では張り合いがない。

次にCである。
Cの味がAとBの中間だとやっかいだ。
かけ離れていればもらったも同然で、
祈るように飲むと...あれっ?微妙。
辛さでいうとB寄り。
ただ、明らかに違いはある。

水で口をリセットし、
最後にもう一度、Aから試飲し、
添えられていた味の説明文を読むと
点と点が線になるような感覚を覚えた。
コナンや金田一が閃いたとき、
きっとこんな感覚に襲われるのだろう。
そして、冒頭に戻るわけだ。

私は目を閉じたまま、
笑みを浮かべて答えた。
「間違いない。左からB、C、A」

...正解は墓場まで持っていきたい。
ここまで引っ張っておいて、そりゃないよ
と言いたい気持ちはわかる。
ただ、一番そう思っているのは
私だということを、
みなさんには理解していただきたい。

悔しいし、恥ずかしいから
最後は自分の言葉では言えないので
友人の言葉をそのまま使わせてもらう。
「なんだよ、少し辛いって。
最後はかなり甘い、間違いないって?
フハハハハハハハハハハハッ!
お前が飲んだのは全部Bだよ」

それ以来、私は今、
酒と、それから
彼との連絡を断っている。