25年積もった話

2022/05/30

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

坊主で歯がかけた出所後みたいな
男がフィリピンから
帰ってきたのが一週間前。

私が通っていた
大学の学部はかなり特殊で
半分くらいが帰国子女だったので
卒業後に海外で働く友人は多く、
彼もそのひとり。

うちに泊めることになり
布団をクリーニングに出し、
万全の体制でお迎えしたわけだが、
急に暑くなった今、
小さな扇風機しかない部屋は酷だったか。
とにかく暑い。
外で飲んでから一杯やろうとしたが、
汗をダラダラかきながら、
ジャックダニエルの氷が溶けるのを眺めるだけ。

扇風機から送られる人工のぬるい風を
横顔に浴びながら、
彼は「フィリピンより暑い」を連発した。

聞くと、フィリピンにあるエアコンは
バカになっているものが多く、
つけなければ灼熱だが
つけたらつけたで、
日本の冬くらいにキンキンに冷えるという。

それは君の家だけだろ、
と喉から出かかったけど、
ジャックダニエルと一緒にぐっと飲み込んだ。

他にもいろいろと話を聞いた。
フィリピンにボランティアで
訪れる日本人学生がかわいいこと。
ワインを飲みながら告白したら
秒速でフラれたこと。

そういえば、こどもたちに
音楽や野球を教えているとのことなので、
その映像も見せてもらった。
みんな、きれいな目をしていた。
短い時間だったけど、
久し振りにたくさんの話をした。

この部屋はもしかしたら
人と話すには最適な環境かもしれない。
暑いけど、余計なものが置いていない空間では
話すことしかできない。

私はコミュニケーション能力低めだけど、
人と話すのは好き。
いや、人の話を聞くのが好きなのか。
今日からこの部屋はトーク部屋。
誰かを招待してもいいし、
なにか嫌なことがあったら
ひとりでグラスを傾ければいい。
今後はノンアルコールか。

朝起きると、すでに布団が片付けられていて
彼は消えていた、
帰ったのか。
さみしくなった部屋に靴下がひとつ落ちていて
それは、私のだった。