白い粉

2022/06/13

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

先週のことだ。
信号待ちをしていると、横方向から
けたたましい高音が聞こえた。

目を向けると
自転車が突っ込んでくる2秒前。
「シェー」のポーズを取りながら
避けようとしたが、それもむなしく
太腿の部分に前輪がぶつかった。

幸い痛みは軽く、乗っていたのは
ヨボヨボのおじいちゃんだったから、
ひと言謝ってもらえればそれでよかった。
しかし、彼の発した第一声は
「たばこを一本もらえます?」

人を轢いといて、
いきなり物品を要求するとは
相手が全員悪人のアウトレイジの世界なら
命を取られてもおかしくなはい。

持っていない旨を伝えると
「いやいや、ぶつかっといて申し訳ない」
と曰った。

そうだ、それを先に言え。
すると、おじいちゃんは
前かごをごそごそと探り始めた。
かごを見ると、
中にはタオルにペットボトルのお茶、
缶詰から工具など、
生活必需品が詰まっている。
もしかすると路上生活者なのか...。

少しセンチな気分になっていると、
おじいちゃんはかごの中から
ひとつの袋を取りだし、差し出してきた。
透明な袋には白い粉。

聞くと、
知り合いのそば屋からもらったそば粉らしい。
それをくれると言うのだ。

いらねぇ。
周りから見ると、
変装したマフィアが悪い物を、
受け渡しているようにしか見えないし、
丁重にお断り。

しかし、そば粉とはどういうことか。
会釈をしながら笑顔で遠くに消えていく
おじいちゃんを見ながら考えていた。

そして、なるほど閃いた。
なかなか洒落がきいているではないか。
手打ちにしろってことね。
やかましいわ!