夏の終わりの怪現象

2022/09/05

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

先月末日の深夜2時。
原稿を書いているとき、微かな物音が気になった。
丑三つ時といえば最も心霊現象が起きやすい時間帯。
これまで心霊体験っぽいことといえば、
金縛りに3度遭ったことがあることぐらいで、
あなたの知らない世界に足を踏み入れたことは皆無。

だからこそ、後ろで聞こえる「ジリッ、ジリッ」という
物音に恐怖を覚えずにはいられなかった。
パソコンの右下に表示された時刻は午前2時。
原稿書きに全く集中できないのだが、
逆にいえばチャンスにも思えた。

まずもって振り向くことはできないし、
トイレに行くことも憚られる。
よって、パソコンの画面に集中するしかなく、
年に一度あるかないかの、
原稿スピードMAX神が降りてくる可能性があるのだ。
しかし、気になる。
とても、気になる。
何かが隙間風に煽られて動いているのか。
一体、何の音なのだ。

気になりすぎて、
原稿の内容が何故だか後向きになっていく。
前向きなのは姿勢だけ。
このままの精神状態で書いてはいけないと判断し、
振り向いてみることにした。

意を決して音の方向をみると...
そこには、昼間に見たら可愛いはずの
ミニオンズのスチュアートの人形が、
まるで自分を監視するように立っていた。

音は、確実にスチュアートから聞こえるが一体。
そういえば...と思い出す。
その日、
スチュアートの中にぎゅうぎゅうに詰まった
小銭を整理したことを。
そう、彼は貯金箱なのである。

電子マネーを使い始めてから、
硬貨を持ち歩くことをやめてしまったため、
電子不可のお店でおつりとして受け取る小銭が
たまりにたまっていた。
そんな中、硬貨の預け入れに
手数料が発生するようになったため、
手数料無料の100枚単位に小分けしたのである。

数えてみるとたまった小銭は7万円とちょっと。
小銭というのは意外に重量があり、
適当に詰め直してしまったために
スチュアートの中で小銭が下に向かって
じりじりと沈んでいく。
その音だったのである。

押し込んだら音はしなくなったが、
スチュアートの存在を意識してしまった以上、
これから毎日、その視線に耐えて
文章を書かなければならない人生。

後ろ向きにするのも違うと思うし。