おでん回想

2022/10/24

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

おでんの季節である。
私には「おでん」と聞くと思い出してしまう、
苦い記憶がある。

普段は劇団員にタメ口をきかれようと、
ダメな人に噛みつかれようと、
お冷をカツンと音がするほど雑に置かれようと、
感情を押し殺してグッと堪える私だが、
実は、激高して交際相手と別れたことがある。

原因はテトリス。
100円で買った中古のテトリスを、
高額なチョコレートを賭けてプレイしていたのだが、
あれがまた100円のくせによく出来ていて、
2段消せば相手が2段、3段消せば相手が3段と、
消した分だけ相手のブロックが
せり上がる仕様であった。

となれば、MAXの4段消しを狙って
ブロックを並べていくのが男というもの。
だから私はリスクを冒して
4段消しを狙っているというのに、
堅実派の彼女は小刻みに
チョロチョロチョロチョロ消していく。

いや、もちろん奴は女子だから、
男っぽくある必要などないのだが、
10連敗している相手に向かって
「まるでおでんのようです」はないだろう。
「荒木選手、まるでおでんのように
グツグツと煮えたぎっております」って、
全盛期の古舘さんでも
そこまで苛立たせる実況はしない。

結局、薬剤師で理系脳、
パズルはお手の物といった感じの彼女に
最後までまったく歯が立たなかった。
そして、20歳を過ぎた男が、
100円のゲームでカリカリきてるだけでもバカなのに、
そのまま別れを切り出してしまい、
その結果、こじれにこじれて、
本当に破局してしまうというオチとなったのだった。

先輩に理由を聞かれ「テトリスです」と答え、
「彼女のブロックの消し方が気に食わなくて」と
説明していたときに、バカさ加減に気付いて
思わず自分で呆れてしまったが、
後悔先に立たず。

以上がおでんにまつわる私の苦い記憶。
どちらかと言えば、
テトリスにまつわる記憶な気もするが、
これを読んでしまった諸君は、
私をテトリスに誘ったりせず、
後ろから優しく抱きしめていただきたいのである。