VSAI

2022/10/31

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

2022年ももうすぐ晩秋といった時期だが、
将棋好きにとっては、
「将棋電王戦」に出場するコンピュータが決定する
世界コンピュータ将棋選手権の時期でもあった。

将棋電王戦とは、
叡王(人間の棋士)VSコンピュータの対戦のこと。
対局の模様はニコニコ動画で生中継され、
ファンはもちろん普段は将棋に興味のない人も注目し、
当時、大きな反響を呼んでいた。

電王戦で衝撃的だったのは、
2013年第2局の佐藤慎一四段対ponanzaの一戦。
この対局は、将棋連盟公認の場でプロ棋士が初めて
コンピュータに敗北を喫した戦いだった。

2010年頃から
近い将来、コンピュータが人間のトッププロを
負かす日が来ると言われていた。
チェスでは、既に世界王者が敗れていたのだが、
チェスに比べて駒の動きの選択肢が多い将棋は
まだまだ人間が優勢との見方もあったので、
佐藤四段の敗北は衝撃で、
如何ともしがたい哀しみに襲われたのを覚えている。

その日、自分が初めてコンピュータに負ける
プロ棋士になってしまうかもしれない。
極度のプレッシャーと戦いながら
血の滲むような研究を繰り返し当日を迎えたことは明白。
終局間際には大勢が決しており、
それでも気丈に振る舞いつつ、
時折、悔しい表情を見せ、最後まで勝負を諦めなかった。
コンピュータには感じることのない、
感じることのできない肉体的、精神的疲労がある中で、
人間らしく戦って負けたのである。

この対局を見守った多くの感想が「感動した」だった。
私もその一人で、まさか将棋を観戦して
そのような感情が湧いてくるとは思わなかった。
人間の直向きな部分に人は心を奪われるのだろうか。

もしかしたら、と考える。
映画や小説ひいてや演劇でもこれと同じように、
人の心を動かすことができるのではないか。
むしろ、その部分でしかコンピュータに
勝つ作品は作れなくなるのではないか。

今やコンピュータが小説を書き、
一定の評価を得てしまう時代。
映画化されるなどして日の目を見る日も近い。
いつかは、人間が作った作品よりも
評価される日が来るだろう。

そうなったときに人間が書くことの意味は、
面白いとか面白くないとかじゃなくて、
それを超越するような何かだと思う。

作者の込める思い。
製作の厳しさ。
演者の努力。
人が人のために作ったという事実を愛してもらう。
雲を掴むような難しい話だけど、
そんなロマンがあってもいいと思う2022、秋。