ネタの宝庫。所謂カフェ

2022/11/27

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

以前、家では書けないという話を綴ったが、今でもそう。
仕事をパパッと片づけたいときは、
起きてすぐに近所の「カフェ」に直行である。

方々で人の話し声が聞こえてくるのに、
それを完全に無視して集中できるのは何故だろう。
家で淹れるのとは、一味違うコーヒーが
そうさせてくるのかとも思ったが、
注文してから一度も口にすることなく
閉店を迎えることもあるため、
この線は薄く、いまだ疑問のままである。

そんな私にとって、
客の話し声は流れていることにも気づかない
BGMのようなものなのであるが、
稀に気になって仕事が手につかなくなるような
興味深い話が聞こえてくることがある。

今までで最も衝撃的だったのは、
新橋の「ベローチェ」で交わされていた
ある初老の男性二人の会話。
その話は、
片方の「お前のせいで訴えられたんだからな!」
という怒号から始まった。

何事かと顔を上げみると
一人はしょぼくれた男で、
もう片方はどこからどうみても「その筋の方」。
おそらくは還暦を過ぎてはいるが、
ザ・ヤクザというような服装をしているし、
後の会話の中で自身をヤクザだと明言する。

仕事している風を装い、
耳をそばだてていると、
どんどんと二人の状況が明らかになっていく。

なんでも、
しょぼくれた男性とヤクザの男は幼馴染。
二人は、ある事件で訴えられ、
揃って被告人になっているらしい。

事件の概要はこう。
しょぼくれた男性は、最近、妻に先立たれ、
事は、その葬儀の日に起こった。
なんと、葬儀会社が遺体を棺桶ごと
紛失してしまったというのである。

夫である男性は、
葬儀会社の説明を聞いた後、
見つかるのを待っていたのだが、
待てど暮らせど妻の遺体の所存は分からず仕舞い。
痺れを切らした男性は、
遺体を探すべく、あろうことか
同じ葬儀場で葬儀を行う
別の家族が使用していた安置室を次々と訪れ、
周囲の制止を振り切り
妻は何処と棺桶を開けて回ったのだという。

この行為により、
男性は訴えられることとなったのだが、
原告側に訴えの取り消しを迫るため、
助けを求めたのが、くだんのヤクザ。
彼は幼馴染の助けになろうと動き、
挙句葬儀場を脅してしまったらしく、
二人で仲良く刑事告訴されたというのだ。

なんという、ドラマチックな話。
カフェは、仕事に集中できるのはもちろん、
たまに人に喋りたくなるようなネタをも
提供してくれる宝庫。
これだからカフェはやめられない。

ちなみに、
この話をこれほど細かく把握できたのは、
その後やってきた弁護士に事件の概要を
細かく説明するのも聞いていたからである。
その後、二人がどうなったのかは知る由もない。