弟子

2023/03/13

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

ある日のZoom会議でのこと。
ディレクターが電話に立ち
20代と思しきADとふたりきりになったタイミングで
「自分、作家になりたいんです!」
おもむろにそう言われた時には、
正直、またかと思った。

ディレクターを目指していたが、
作家の方が現場仕事はないし、
会社にしばられずに好きなテレビを作っている感に
憧れて放送作家に転身しようとするADは実は多い。
彼もその一人らしい。

無論、応援はする。
目指している人にはエールを送るが、
私には応援以上のことはしてあげられないし、
そもそも何かできるような立ち位置にないことを
理解しているのかいないのか、
目指していると告げた後、
運ばれてくる餌を巣で待つ雛鳥の如き
空気を醸す人は少なくない。

おそらくはこの男子も...と高をくくり、
エールだけ送って流そうとした。
「頑張ってね」と言った次の瞬間、
画面には男子ADの頭のてっぺんだけが映っていた。

貧血でも起こしたか、
ただふてくされたのか、
それとも取り合おうとしない私に怒っているのか。
ほんの僅かな間に様々な可能性が浮かんだが、
実際は、そのどれでもなかった。

男子はパソコンの前で土下座をしていたのだ。
「どうしても弟子になりたいんです!お願いです!」

「どうしても」「弟子」、
正直、面倒なことこの上ないキーワードである。
弟子なんて取るつもりはおろか、
取るだけのご身分でもないし、
顔を合わせたばかりの他人に連絡先を教えるほど
あけっぴろげではないわけだから、
どうしてもとグイグイ押されても
こちらとしては弱ってしまう。

普段なら逃げている。
ごめんと謝り、
逃げるように話題を変えるところだが、
何せ土下座である。
カイジでは焼いてこその土下座とされていたが、
実際目の当たりにすると焼いていなくとも
画面越しでも破壊力は抜群。
焼き土下座など兵藤はよくやらせたものだと
半ば感心しながら、
とりあえず話だけでも聞こうと
固く閉ざした心の扉を開きかけたその時だった。

「荒木さんお願いです!
かOらさん(超売れっ子先輩)の
連絡先を教えてください!」

なるほど、そういうことか...。
兵藤の気持ちが少しだけわかったような気がした
残春の候。
皆さん、弟子はいますか?