或る醜態

2023/03/20

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰

誕生日プレゼントにゲームソフトを渡されたら、
受け取る途中で「あっ、これ持ってるやつだ」と
分かったとしても「ありがとう」と
一定の調子で言うだろう。

「ありが」まではいい感じだったのに、
「とう」のところで途端にテンションを下げたら、
それはもうお礼じゃない。
むしろ嫌味になってしまうから、
沈んだ気持ちを押し殺して最後まで
同じテンションで言い切る、
それが礼儀ってもんだろう。

いいか、「ありがとう」だけじゃないぞ。
人の名前だってそうなんだ...。

3日前のこと。
あいにく小銭がなく、
自販機に千円札を入れてコーラのボタンを押した。
100円玉2枚で買ったのなら、
最初に手を突っ込むのはジュースの取り出し口だ。
130円のジュースと70円のお釣り、
価値が高いのはジュースだからである。
だが、今回は違う。
迷うことなくお釣りの返却口に手を突っ込み、
掴んだ小銭を手のひらに広げると
50円玉が見当たらなかった。
10円玉は3枚しかないから、
必ず50円玉があるはずなのだ。

ないはずはないと、再度手を入れたものの、
小銭らしきものは残っていない。
おかしい。
自販機が壊れているのか?
しかし、プレステとこの国の電気製品は
精密機械と呼ばれている。
精密機械が50円玉を払い出し忘れる可能性と、
二日酔いの男が50円玉を取り忘れている可能性、
どちらが高いかを冷静に考えれば、
何をすべきか自ずと答えは出る。
私は地面に膝をつき、返却口をまさぐった。
その時だった。
背後から、

「荒木...さん?」

と女子の声。
それは明らかに尻すぼみだった。
「荒木」をハロウィンパーティーのテンションとするなら、
「さん」は葬式。
その落差がもたらすものは、
気まずさと、曖昧な挨拶と、そして反省である。

100円玉の陰に隠れていただけで、
実際には50円玉も払い出されていたのだ。
見てはいけないものが視界に入ったとしても、
動揺を隠し「荒木さん!」と言い切らなかった彼女も悪いが、
何度も手を突っ込んだ私の方がずっと悪い。

今後、お釣りの返却口をまさぐるのは、
せめて2回までにしようと心に決めた男が
一番ショックだったのは、
現場を見られた彼女が3年ぶりくらいに会う、
激カワと評判のADちゃんだったことである。