グンちゃん

2023/04/17

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

タクシー運転手には、
大きく2種類のタイプが存在すると思っている。
ひとつは、全く喋らない寡黙なタイプ。
一方は、めちゃくちゃ喋るタイプ。
中間が存在しない、それがタクシー運転手である。

先日の運転手さんは後者だった、というお話で...

夜の帳が降りる頃、
ネオンきらめく繁華街でタクシーを拾ったのは、
もはや駅までの道を歩くのもためらわれるほど
疲れ切っていたからであり、
後部座席に滑り込むなり深々とシートにもたれかかった。

ところが、
行き先だけ告げ、静かに目を閉じたところ、
唐突に「私、郡司OOが、お客様を目的地まで
安全にお運びいたします!!」と来たもんだから、
中々の声で「お願いします!!」と返してしまい、
自分の声に驚いた挙句、眠気が一瞬どこへやら。
仕方なく外を眺めていると、
しばらくして...
「お客さん、グンちゃんってご存知です?」と
これまた唐突に聞いてきた。

ああ、懐かしい。
彼は、今、どこで何をしているのだろうかと
思いながら「ええ、名前だけは。韓国の...」と答えると、
我が意を得たりといった調子のため息をついた。

「はぁ。ですよねぇ。
あたしね、グンジなんですよ。
マディソン郡の郡に、司令官の司で郡司。
なもんですから、あだ名は昔からアレなわけですよ」

「ああ(苦笑)」

「そう!お客さん、さすがだねぇ。
私はね、かれこれ30年以上も
グンちゃんって呼ばれてたわけ。
それなのに、ぽっと出の若いあんちゃんがね...。
私からすりゃ、バカヤロウってなもんですよ。
そんでもって、すぐ消えるもんだから、
私まで古い旬を過ぎた人間みたいに見られちゃってね」

「(それは被害妄想じゃないか?)」

「そもそもね、あの子にグンちゃんは似合わんでしょう。
グンちゃんって呼ばれるべきは、
もっとこう男臭い、私みたいなもんの方が...ねぇ?
あれ、この道を右でしたっけ?」

ゲンちゃん、ゴンちゃん、バンちゃん、ベンちゃんと、
頭が濁音のあだ名を聞いてパッとイメージするのは、
確かにバタ臭い人である。
その伝でいけば、グンちゃんは確かに運転手さんのもの。
郡司さんこそグンちゃんにふさわしい。

今日から私は郡司さんだけをグンちゃんと呼ぶから、
少し眠らせてはくれないかと願いつつも、
ケンちゃんという豆腐屋かお人好しっぽいあだ名を持つ私は、
再び現実と夢の間をフラフラと行き来しながら、
なおも続くマシンガントークに
相槌を打つばかりだったのでした。

皆さんは、何かあだ名がありますか?
昔、一番嫌だったあだ名は、
ヌケサク先生だったな、などと思いながら、
本日は筆を置くことといたします。