南アルプス

2023/07/31

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

25日から28日まで山梨の奥地にいた。
大学時代の友人の実家にお呼ばれしたのだが、
それにしても厳しい環境だった。

ジブリ映画でお馴染みの作曲家、
久石譲氏がこの地にきたら名曲が生まれそうな、
それはそれは豊かな自然に囲まれた土地である。

コンビニまで車で20分、
スマホの電波は虚弱。
孤立した集落に連れてこられたとあっては、
もはや、その生活に染まるしかなかった。

玄関を出て一歩目にヘビがいて、
傘を開けばムカデがお出迎え。
ゴキブリなんて赤子同然で、
油断したら猪が出るという。
最初は早く帰りたいと思っていた。
五島の実家より何が起こるか分からない地での
3泊は絶望的だ。

それでも、人間の適応力はなかなかのもので、
二日目からは、その環境を満喫していた。

友人の父が畑仕事に出かけるというので、
そこにお付き合いさせていただき、
畑を耕し、里芋の収穫も経験させてもらった。
腰に心地よい痛みを感じたところで汗を拭い、
お父さん自作のベンチに肩を並べて座る。
背中に畑、眼前には鮎が跳ねるきれいな川を挟んで、
緑豊かな森がある。
そして、上を見上げれば群青の空が広がっている。

都会の喧騒を離れ、
こういった場所に身を置くと心が洗われる。
人間関係や仕事、
大きくいえば人生の悩みはなんてちっぽけなものなんだと。
時間と隣に友人のお父さんがいることを忘れて、
視界に入るものすべてが美しく見えていたとき、
彼が口を開いた。

「ケンサクくん、
私はここらへんに畑を持っているだけじゃなく、
花を植えている。
人はまったくおらんけど、
孫の代やその先までも、
この景観は失いたくないんだよ」

その横顔を見て自分は小さく頷いた。
(いいなぁ、この感じ)

...と思った瞬間である。
お父さんが左手に持っていたタバコを
ピュッと投げ捨てた。

ええっっっ、マジで!

言葉と180度異なる行動に
笑いをこらえるのに必死だった。
それが3泊の山梨旅行で一番の思い出。
そして、人間、そんなもんだよなぁ。
と察した瞬間、頭にあったのは、
「ああ、早く帰ってゲームがしたい」だった。

田舎の生活も悪くないが、
結局は、人間、自分第一。

東京に戻って、
自分がやりたいことをとことんやりたい。
とにかく、ゲームがしたい。
そして、何かを書きたい。
心からそう思った。

ありがとう、南アルプス。