キオクナクス

2023/10/09

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

新宿の小汚い路地を抜けたところにある
中華料理屋の蒸しハマグリが旨かった。
しょんべん横丁と呼ばれるあの路地。

一緒に行った相手が
久しぶりに会う大学の後輩だったのだけれど、
10年振りだということを忘れるくらい
猛烈に旨かった。

あまりにも美味しくて、
この感動を写真に残しておきたい、
誰かに教えてあげたいという
謎の責任感にかられるも、
目の前にあるのはハマグリの貝殻だけ。

残飯とも言えないゴミを前にわたしは
どうすれば良いのか迷ったところ、
食べかけの料理を撮ることで気を紛らわせた。
旨い料理を記憶に残すのは難しい。

そこまでは覚えている。
そこまでは覚えているのだ。

二軒目に向かった沖縄料理屋の
泡盛がマズかったのだろうか。
そこからの記憶が皆無。

今日は、
トイレとパソコンの前を行ったり来たりしながら、
昨日起こったことを思い出そうとしても、
出てくるのは蒸しハマグリのことだけ。
記憶の大部分が蒸しハマグリで
上書き保存されてしまったようだ。
なにも出てこない。
覚えているのは一緒に飲んだ
迫田の瞳孔が開いた目。

これだけ記憶を失くしたのは、
多分、それこそ10年振り。
皆さん、お酒はほどほどに。

↑誰が言うとんねん。