寿司だと思う勿れ

2024/01/29

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

前にも書いたと思うが、
かつて私は、寿司に全く興味がなく
...というか、むしろ嫌いで、
食べられるネタは
安さが取り柄のものばかりであった。
アジ、甘えび、玉子...
そんなところか。

新鮮なネタを味わえる五島列島で育ったのに
もったいないと周りは言って
その都度勧めてくるのだけど、
嫌いなのだから無理に食わせようとすな、
そんな気持ちの方が強かった。

大人になってしばらくしても、
他人に食事をごちそうになる際に、
行き先が寿司屋だと知るとげんなりしていた。
ケンOンSHOWのプロデューサーに
高級寿司をごちそうになっているときに、
「僕、寿司、好きじゃないんですよね」と
発言して場を凍り付かせたこともある。

ただ、後悔はしていない。
他人の好みも聞かずに
寿司屋に連れて行くのは、
絶叫マシンに乗れない人を富士急ハイランドに
連れて行くのと同じだと思っているからだ。

誰もが寿司を好きだと思う勿れ。
ごちそう=寿司だと思う勿れ。

そんな私も、今や寿司好き。
三十路を前にして私を寿司好きにしてくれたのは、
何を隠そう『将太の寿司』や『江戸前の旬』を
はじめとする寿司漫画。
寿司は嫌いなのに、
寿司漫画は昔からたまらなく好きで、
それらを読み直したのがきっかけ...
といっても過言ではないかも知れないし
過言かも知れないのだが、
きっかけのひとつであることは間違いない。

寿司漫画。
私が好きな寿司漫画に共通するのは、
苦手だったウニを、
ひとくちだけ食べてみたいと思わせる雰囲気。
そして、寿司漫画といえば落語や時代劇に
通じるところのある人情話。
職人と客、職人と業者、つい涙がこぼれてしまう話や、
胸に何かが残るしんみりする話など
寿司漫画は安いドラマよりも面白い。

ふと入った食堂に寿司漫画が置いてあると
テンションは爆上がり。
そんな食堂は、
もれなく人情味にあふれる優良食堂なので、
覚えておいた方が良い。
長居上等の心意気。
ながら食いもオッケー、
ゴルゴ、こち亀...、
うちの味なんて
そんな名作に比べればゴミみたいなもんですよ、
という謙虚さすら感じる。
それこそ、ルパン三世でも置いてあったら、
毎日通ってもいいだろう。
漫画の有無とチョイスは、
昼ごはんスポットの新たな指標として
確率される日も近いだろうから、
いまのうちからチェックしておいて損はない。

話は藤浪のストレートより逸れたが、
そうそう、寿司の話である。

私は『将太の寿司』のおかげで
寿司好きになれたが、
生ものが苦手な若者は私の周り含めて結構多いし、
昔に比べたら、何倍にもなっていると思われる。
そろそろ「寿司ハラ」という言葉もできるだろう。

何か美味しいものを奢ってあげよう
=寿司だと思う勿れ。
そんな時代なのである。

ちなみに、
私が将太の寿司で好きなエピソードは、
芽ネギの寿司を海苔なしで握るには
どうしたらいいか悩みに悩んだ末、
最終的に「水につけてまとめる」という
普通の方法に落ち着いた回である。