リメンバー・ミー

2024/02/19

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

コロナ禍の日々で思っていたのは、
人に忘れられることと、
自分の思い出が少しずつ失われること、
これが死ぬよりも怖いということだった。

そんなコロナも一応の収束を向かえた一昨年の年末、
友人たちが京都旅行に誘ってくれたので京都へ。
この歳になると、
皆で一緒に観光地を巡るというのも照れくさく、
それぞれが単独行動をすることとなり、
私は前々から興味があった
「ひとつだけ願いが叶う」という寺に参拝した。

私鉄を乗り継いで、
乗り継いで、乗り継いで、
辿り着いたところは岐阜の山中。
山々に囲まれた緑が目に飛び込んできた頃には疲労困憊。
寺までの長い石段に息を切らしながら
ようやく辿り着いた。

通常、お寺といえば、
マナーを守ってくれればあとはどうぞ
自由に参拝してくださいというところが大半で、
金閣寺をはじめ有名どころになると数百円を払って、
やっぱりどうぞご自由にとのパターンである。
しかし、自分が足を運んだお寺は、まず受付を済ませ、
その後、和尚さんの説法というのだろうか、
20分程度のお話を聴くのである。

広間に通され、お茶と和菓子を頂戴し、
堅苦しいお話が始まるかと思いきや、
和尚さんのトークが軽快のなんの。

和尚「最近はですね、若い女性の方もよく見られるんですよ...
   あ、今日はそうでもないですね」
一同「爆笑」
和尚「ゴールデンウィークや紅葉のシーズンには
   来られないほうがいい。私も残業しなければなりませんから」
一同「爆笑」

まるで、落語のような語り口で繰り出されるトークに
惹き付けられて何度も参拝に訪れる方も
多いのではないだろうか。
もちろん、笑いをとったあとは、
柔和な笑顔を崩すことなくわかりやすく
お寺やお参りの仕方などを説明してくれて、
本当に来てよかったと思えた。

お寺をひととおり見て回ったのち願い事をひとつ。
お地蔵さんが家まで来てくれて
願い事を叶えてくれるシステムらしいから、
住所と名前をしっかり伝えるよう和尚さんに言われたが...。
引っ越したばかりだった私は、
自分の住所を忘れて適当な住所を告げることに。

こんにちは荒木建策と申します!
僕が死んでも誰かの記憶だけは残してください!

そうお願いしたのだが、
住所を忘れるやつが何を言ってるんだという話であるが、
それからすぐ、
何故だか、しばらく会っていなかった方々から
急に連絡があって仕事がいくつか増えた。

リメンバー・ミー。

京都を訪れた際は清水寺も金閣寺も八つ橋も悪くないが、
華厳寺という寺に足を運んでみてほしい。
華厳寺...またの名を鈴虫寺という。