軍人清掃サービス

2024/02/26

荒木建策(放送作家/アリゴ座主宰)

今の部屋に越してきてから4ヶ月が経った。
前回は1階に位置する部屋に住んでいたので
周辺の環境音で賑やかだったが、
今の部屋は冷蔵庫の運転音が聞こえるほど静か。

しかし、年末頃から
近所からなのか建物の階下からなのか、
ときおり金属を激しく叩くような音が
聞こえてくるようになった。
例えるなら、金属の扉を金属バットで一発、
思い切り叩くような音。

そんな、とんでもなく不快な音が
1時間に数回のペースで響いてくるから、
私はその音の正体を突き止めようと
階下で原因を探ったり、
音がした直後に外に出てみたり、
様々な手段を尽くしたが
未だに音の出所は不明なまま。

早くも「引っ越し」というワードが頭に浮かぶ。
ただ、引っ越しのハードルはやはり高い。
決して安くない引っ越し資金もそうだし、
ネット環境の整備や市役所などでの手続き、
想像しただけで苦痛である。

振り返ってみると...
前回の引っ越しは昨年の10月だった。
前の部屋ではコロナも経験し、
自宅での時間がそれなりに多かったせいもあり、
室内はかなり汚れていた。

まずは、壁。
コロナ初期の頃はタバコを吸っていたから
壁は黄色く染まっていた。
しかし、審査のときにこれを突っ込まれたら、
カレーが好きで毎日カレーを食べていたら
壁が黄色くなったと言えばセーフだろうから、
その点に関しては心配していなかった。

問題は染みである。
ある時、新品のデニムを壁際の洋服掛けに掛けていたら
染料が壁に移って青い線が無数に残った。
この呪文みたいな消えない模様をどう誤魔化すか。

そこで、こんな言い訳はどうだろうと閃いた。
「不動産屋さん、
学のないあなたにはわからないだろうけど、
私はヴォイニッチ手稿を解読しました。
家賃の2ヶ月分で発表する権利をお譲りします」
これで不動産屋の人間も首を縦に振るしかないだろう。

私は、奇跡が起こることを祈りながらも、
もしかしたら、ぶん殴られるかもしれないので、
脅しの意味も込めて、立会日の前日、
元自衛隊の見た目チンピラ後輩を自宅に呼び寄せた。

そして、奇跡は起きたのだ。
私が仕事で出掛けた数時間のうちに、
その後輩が壁の、いや、部屋中の気になる汚れを
完璧に掃除してくれていたのである。

その結果...
立ち会いに際して払ったお金は、なんと0円。
持つべきものは、
自衛隊の後輩。

そして、私は来月、彼にフグを奢る。