カバチ・タレ

2024/10/07

荒木建策(放送作家/脚本家)

鰻って最高に旨いですよね。
なんていう、
地球って丸いですよね、
くらい当たり前の書き出しから
始める今回のコラム。

最近、鰻を食べる機会があった。
上京した父が
鰻でも食べようかと言うから、
お互いにファンである
『孤独のグルメ』で松重豊さんが行った
赤羽の「川栄」という名店をチョイス。

父も私も
最特上6500円を注文。
父の財布だから遠慮なく、
躊躇もなく、
年甲斐もなく、
根拠もなく、
ただ、最特上だから
旨いに決まってると言う理由で。

オーダーが入ってからさばいて、
そこから焼くので30分ほど待たされるが、
その味はたしか。
今まで食べた鰻、というか食べ物の中で
一番美味いと断言できるものだったが、
家に帰ってもう一度、
鰻の味を思い出したときに
気付いてしまったことがある。

うな重とはご飯の上に鰻が乗っかったもので、
こちらも地球は丸いと同じくらい
当たり前のことだが、
ご飯をかきこむように食べるのが
マナーとされていて、
実は、その勢いを助けているのは
鰻ではない。
タレなのである。

鰻3割、タレ7割ではないかと、
鰻に人生を捧げた頑固親父に
鉄串で刺されそうな結論に至ったのだが、
多分、間違いない。

例えば、刺身。
塩で食べても美味しいものもあるにはあるが、
基本的に醤油の助けが必要である。
うちの死んだおじいちゃんは、
刺身は醤油を味わうための板だと
言っていたし、間違いない。
五島列島の人間が言うのだから間違いない。
焼肉だってそうだ。
店名は伏せるが、
一皿500円程度の牛角カルビだって、
タレをつければ美味い。

そう、
一番美味しい食べ物は
「タレ」なのである。

大人になり、周りの雰囲気に流されて、
分かったように振舞っていた。
高価なものを食べて気取っていた。
舌が肥えたという言葉があるが、
実は、劣化していたのではないか。

自分は大人になった今も
オムライスやハンバーグが好きで、
子ども舌と言われても上等。
変な価値観がなく、
味に素直なのではないかと
思えてきた昨今。

思い出してほしい。
自分が子どもの頃、
もしくは周りにいる子どもたちが、
焼肉や刺身を食べるとき、
タレや醤油をバカみたいにぶっかけて、
それは付けすぎだよと
大人に注意されていたあの光景を。

こうやって食べるのが
一番美味しいことを
子どもは知っているのである。

ああ、そうだった。
変なプライドは捨て、素直になろう。
俺は鰻好きではない。
肉好きでもない。
タレが好きなんだ。