鼻から音が鳴る季節

2024/12/02

荒木建策(放送作家/脚本家)

夕方の帰り道、
鼻から大きく息を吸って吐いたら
ピーッと音が鳴った。

そう、鼻(くそ)笛である。

空気が乾燥しているせいで
カラカラに乾いた鼻水が、
クラリネットやサックスで言うところの
リードの役目を果たし、
ピーッという寂しげな音を奏でるアレ。

この国にいる限り、
太平洋高気圧の影響を受け、
高温多湿の日が続く夏場には鳴らない。
あの物悲しくも滑稽な音色を
耳にできるのは主に冬季。

調べてみると、
冬場以外でもその症状に苦しみ、
医師に相談するくらい
悩んでいる人も少なからずいるようなので、
笑いごとではないのかも知れないが、
私は、他人が鼻笛を鳴らしたら笑う。

話は逸れたが、
今年初めての鼻笛。
本格的な冬の到来を実感すると同時に、
寂しげな音色を前を歩いていた女子に
聞かれたのではないかと
冷や冷やしながら、
私は昨年の冬の出来事を思い出していた。

鼻笛でわびしい季節の到来を知った
昨年の同じ時期、
別居しただの別れただの、
三行半を突きつけただの、
どういうわけか私の周囲は男女の仲まで
グッと冷え込んでいた。

ある友人は妻の不倫に気付いて離婚した。
人の良い彼は立つ鳥跡を濁さず、
必要以上に騒ぎ立てずにかなりの譲歩をした上で
最後の最後、書面にサインを求めたところ...

「専門家じゃありませんからサインできません」

優しく諭し、ようやくサインしたかと思ったら、
今度は...

「念のため、コピーさせてください」

そんなやり取りがあったと聞いて、
夫婦も別れれば他人なのかと、
当然と言えば当然のことさえ
寂しい感じがするのは、
やはり鼻笛が鳴る季節だからだったのだろう。

笛が鳴ったあの夜、
どんなパートナーだと厳しいか、
その場にいた数人で好き勝手話した。
必ず話の腰を折る人、
何かにつけて知り合いの話に持っていく人、
鼻の穴が黒い人、
飲むとすぐ嘔吐するのをわかってて飲む人、
湯船のお湯がぬるいと怒る人、
常にカレーの匂いがする人...。

不惑を過ぎたというのに、
鼻笛だとか、
鼻の穴が黒い人だとか、
あまりにくだらなすぎて思わず涙が出てきたが、
これだけは譲れない。