Loch Lomond

2025/02/10

荒木建策(放送作家/脚本家)

憧れていることがある。

前にも言ったことがあるが、
私はプロポーズをしたことがない。

愛の言葉を耳元でささやき、
照れた彼女が恥ずかしながら頷くような
甘い瞬間は経験したことがないのだ。
そう、憧れはプロポーズ。

「結婚しよう」

ごめんなさいは、
親、先輩、彼女、友達相手に
これまで何度も口にしてきたが、
結婚しようは言ったことがない。

サプライズ。
プロポーズではサプライズプロポーズ
なるものをよく耳にする。
電光掲示板を使用したり、
レストランで周りが仕掛け人だったり、
非日常の間隙をぬって、
徹底的に攻めるのが良しとされるが、
あれって本当に女性はうれしいのだろうか。

あくまで個人の意見だが、
一世一代の勝負事を、
なぜ他人が見ている前で
行う必要があるのだろう。
恥ずかしいに決まっている。
一歩間違えれば真剣味が足りないと
思われる可能性だってある。
サプライズは、相手に喜んでほしい、
その気持ちからくるものだから
否定はしないけれど、
それなら個室だっていい。

たしかに、雰囲気は重要。
そうなるとホテルの一室がベストか。
日にちは相手の誕生日をはじめ、
何らかの記念日に少し贅沢をして
ホテルに宿泊するとしよう。

レストランで食事をして、
部屋に戻ってシャワーを浴びる。
モハメド・アリみたいにガウンを身にまとい、
窓際に置いてある椅子に座る。
吉川晃司みたいな鋭い視線で夜景を見て、
今日という日を振り返る。

ちょっとしたユーモアをまぜながら
笑いのある時間を過ごすけれど、
ピタリと会話が途切れる瞬間、
その刹那を逃してはならない。
ここで、必殺の武器、指輪の登場だ。
指輪...あれっ、
指輪はどこに隠せばいいんだろう。

自分はガウンを着ている設定だ。
ここぞという隠し場所がないじゃないか。
カバンに取りに行くのも間が悪いし、
最後の決め手なのに、
指輪の最高演出がない。

これじゃ、フラれてしまう。

...この想像、昔もしたことがあって、
同じように指輪を出せずにいた。
昔から何も変わっていなくて、
今も言えない大事なセリフ。

結婚しよう。

ま、言うことないだろうな。