勇者トシヒコ

2025/03/10

荒木建策(放送作家/脚本家)

日清やきそばUFOを
全こぼしした「愚者トシヒコ」くん。
私は、彼がUFOの麺全てを
排水溝に流す姿を見て、
なんて哀れなのだろうと憂いた。
嘆いた。
30年前の話である。

トシヒコくんちは貧乏。
貧乏の極み。
そんなトシヒコくんが
当時200円で買った
日清やきそばUFOを全こぼしした光景が
私は、今も忘れられないのです。

というのは、前回のお話。

トシヒコくん家がいかに
貧乏だったか。
それが分かるエピソードがある。

トシヒコくんは、
中学生になった頃、
突然...
私にとっては突然だが、
家族で話し合って決めたことなのだろう。
トシヒコくんは新聞配達を始めた。
たぶん、家計のために。

無邪気だった私は、
本当に何も考えていなかった私は、
いつも楽しそうに、いい感じの自転車に乗って
配達していたトシヒコくんを、
楽しそうだな~と思って、
興味本位で付き添ったことがあるのだが、
実際は普通に地獄だった。

えげつない坂道をのぼる、
くそみたいな爺、婆に
配達が遅いとキレられる。
当時は、
「どうして、こんなクソみたいな奴らのために
新聞を配る必要があるのだろう」と思っていた。
...家計が苦しかったのだ。

その当時の私には分からなかったのである。
ガキなんてそんなもん。

トシヒコくんちに関して、
今になって思うことがある。
少しグロいのだが、
的を射ていると思う。

ある日の出来事。
小学生高学年の頃の話。
ソフトボールの練習をしていた時のことだ。
誰か、
先生だったか、
トシヒコくんが呼び出されて、
お父さんが怪我をしたから、
今すぐ家に帰るようにと言われていた。

あくる日、
トシヒコくんに聞いた。
「お父さん、どうしたの?」と。

トシヒコくんは言った。
「機械に巻き込まれて、
指が千切れてしまった」のだと。

「あー、なんてことだ」と
その当時の私は思った。

だが、
今になって思う。

家計が苦しかった
トシヒコくんのお父さんは、
保険金目当てに、
わざと機械に指を...

たぶん、
本当の話。
家計を支えた勇者トシヒコの話。