悪魔の祓い方
2025/06/09
荒木建策(放送作家/脚本家)
身体で爆弾を抱えているのは、
いつスイッチが押されるかわからない腰だけで、
中年病とは無縁だと思っていたのに、
ここ最近、肩と首あたりに悪魔がいるのである。
原稿を書いている最中に
腕を上げるのも億劫になるほどの重みを感じ、
集中が切れることがしばしばある。
こりゃいかんぞと、
まずは生活環境を改めるという
優等生思考は遠くに飛ばし、
近所の整体医にすべてを託した。
整体といっても老人が列をなしている
町の整体医ではなく、
大型モールに入っているお洒落な雰囲気のところ。
それでも、
入口に人体模型を置いてあることから、
マッサージ店のような軽さはない。
私は担当の先生に「荒木さん」と呼ばれている。
ここ数年、
名前を呼ばれるときはアラケン、
荒木くん、アラちゃん、ケンサクのいずれかだったので、
ひさしぶりの「荒木さん」にグッときているわけだが、
この先生のトークがいちいち腹立つのである。
どうやら私の骨盤は右に浮いていて、
そのせいで身体が左に傾いているらしいのだが、
ベッドにうつぶせになったとき、
先生がこう言った。
「ははっ、荒木さん、
それで真っ直ぐ寝ているつもりですか?」
自分では真っ直ぐ寝ているつもりでも、
左に曲がっているらしい。
これも骨盤だか背骨だかが影響しているという。
だからって、
そんな言い方しなくてもいいじゃない。
さらには、
背中を押しながら私の悪いところを
的確に指摘する。
「荒木さんっ、ここっ、ここっ、
ここキツいでしょ。肝臓ですよ。
肝臓はすべてにかかわっているんです。
肝臓はご存じのとおり…
お酒に注意してください。
荒木さんも飲むんでしょ?
私も好きなんです、ははっ」
そして、
首や背中をひねってバキッと鳴らしたときに
聞こえる音の理由を問われ、
骨…の音ですかと答えたのだが…。
「ははっ、荒木さん、
骨がバキバキ鳴ったら大変ですよ。
骨折してます。
あれは骨と骨の間にある空気が
押し出された音なんです。
ははっ!」
なんにも入ってこないから、
会話に必ずはさまれる「ははっ!」を
なんとかしてくれないか。
ただ、本当の怖さを知るのはここからで、
整体師のプライドなのか、
私を養分と踏んだのか、
決め台詞が飛び出した。
「私に荒木さんの身体を任せて欲しい。
長期にわたって、
身体のゆがみを治していきましょう!」
定期的、かつ長期的な
プランが誕生した瞬間である。
先生、肩と首がちょっと痛いだけなんです。
一般の会社員というのは真っ赤な嘘だから、
会員カードを勝手に作るのやめてくれませんか?
身体で爆弾を抱えているのは、
いつスイッチが押されるかわからない腰だけで、
中年病とは無縁だと思っていたのに、
ここ最近、肩と首あたりに悪魔がいるのである。
原稿を書いている最中に
腕を上げるのも億劫になるほどの重みを感じ、
集中が切れることがしばしばある。
こりゃいかんぞと、
まずは生活環境を改めるという
優等生思考は遠くに飛ばし、
近所の整体医にすべてを託した。
整体といっても老人が列をなしている
町の整体医ではなく、
大型モールに入っているお洒落な雰囲気のところ。
それでも、
入口に人体模型を置いてあることから、
マッサージ店のような軽さはない。
私は担当の先生に「荒木さん」と呼ばれている。
ここ数年、
名前を呼ばれるときはアラケン、
荒木くん、アラちゃん、ケンサクのいずれかだったので、
ひさしぶりの「荒木さん」にグッときているわけだが、
この先生のトークがいちいち腹立つのである。
どうやら私の骨盤は右に浮いていて、
そのせいで身体が左に傾いているらしいのだが、
ベッドにうつぶせになったとき、
先生がこう言った。
「ははっ、荒木さん、
それで真っ直ぐ寝ているつもりですか?」
自分では真っ直ぐ寝ているつもりでも、
左に曲がっているらしい。
これも骨盤だか背骨だかが影響しているという。
だからって、
そんな言い方しなくてもいいじゃない。
さらには、
背中を押しながら私の悪いところを
的確に指摘する。
「荒木さんっ、ここっ、ここっ、
ここキツいでしょ。肝臓ですよ。
肝臓はすべてにかかわっているんです。
肝臓はご存じのとおり…
お酒に注意してください。
荒木さんも飲むんでしょ?
私も好きなんです、ははっ」
そして、
首や背中をひねってバキッと鳴らしたときに
聞こえる音の理由を問われ、
骨…の音ですかと答えたのだが…。
「ははっ、荒木さん、
骨がバキバキ鳴ったら大変ですよ。
骨折してます。
あれは骨と骨の間にある空気が
押し出された音なんです。
ははっ!」
なんにも入ってこないから、
会話に必ずはさまれる「ははっ!」を
なんとかしてくれないか。
ただ、本当の怖さを知るのはここからで、
整体師のプライドなのか、
私を養分と踏んだのか、
決め台詞が飛び出した。
「私に荒木さんの身体を任せて欲しい。
長期にわたって、
身体のゆがみを治していきましょう!」
定期的、かつ長期的な
プランが誕生した瞬間である。
先生、肩と首がちょっと痛いだけなんです。
一般の会社員というのは真っ赤な嘘だから、
会員カードを勝手に作るのやめてくれませんか?